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エル・スール 映画化プロジェクト

あらすじ

おい、ツクツクボウシ...
この先にガラの原っぱって呼ばれるとこがあったとぞ...
そこにも沢山、朝顔が咲いとった...
銭湯の左っちょにあった夢の広場たい...石炭ガラを捨てて出来上がった広場...
あン頃の子供は皆、ライオンズの選手になりたくて、野球ばっかしよった...不細工なバット、お手製のグローブ...
銭湯に行ったら、24番と3番の下足箱が取り合いになった... 24番は稲尾の背番号たい...
3番は大下、青バットの大下...
末広長屋...
戦後の焼け跡のバラック小屋がそンまんま残った長屋...
生きとるっち、匂いが充満しとった...強烈で生臭かったぁ~

戦後の復興から高度成長期に向う、昭和30年代。九州博多の町には文化があった。
石炭景気、映画、そして史上最強の野武士集団、西鉄ライオンズ!
博多の町が生み出す明るさの中で、貧しいながらも庶民は逞しく生活をエンジョイしていた。
新聞配達の少年、鉄工所のおばちゃん、旅館の風呂焚きのあんちゃん、朝鮮人の少女、赤線遊郭の娼婦...それぞれの人生が絡み合いながら、さまざまなドラマが刻まれていく...!

監 督

正晴(たけ・まさはる)

1967年生まれ。
明治大学文学部在学中、映画研究会に所属し、自主映画を制作。
卒業後、助監督として工藤栄一をはじめ、崔洋一、石井隆、中原俊、本広克行、西川美和、李相日、中島哲也、井筒和幸らの作品に参加。

07年、「ボーイ・ミーツ・プサン」で監督デビューを果たして以降、「カフェ代官山」シリーズ(08)や「EDEN」(12)、「モンゴル野球青春記」(12)などを監督発表。
スーツアクターを主人公にした東映の「イン・ザ・ヒーロー」(14)で初めて大手映画会社配給による全国ロードショー作品を手がけた。
その後も、山口・周南映画祭の松田優作賞(脚本賞)の第1回グランプリ受賞作「百円の恋」(14)などでメガホンをとる。
代表作に「嘘八百」、「全裸監督」、「アンダードッグ」。

原 作

(おかだ・きよし)

1946年、博多生まれ。
福岡工業高校、明治大学卒業後、演劇群「走狗」にて演劇活動。
その後10年間、世界を放浪。スペインに魅せられ3年間居住。

帰国後、演劇企画制作会社トム・プロジェクトを立ち上げ、30年で105本の創作劇を企画・制作し日本、世界各地で公演。

2008年度には、第43回紀伊國屋演劇大賞団体賞を受賞。
著書に『我が心の博多、そして西鉄ライオンズ』『変わるな!スペイン』。

脚 本

東憲(ひがし・けんじ)

1964年12月17日生まれ福岡県出身。
劇団桟敷童子代表。劇作・演出・美術を手がける。
(劇団作品ペンネーム:サジキドウジ)

凝った舞台美術と社会の底辺で生きる人々を描いた骨太で猥雑な群像劇が特徴。自らの生まれ育った炭鉱町や山間の集落をモチーフにしたパワー溢れる舞台により、日本の演劇シーンの中で異才を放っている。

外部作品も積極的に手がけ、2012年度に紀伊國屋演劇賞・個人賞、読売演劇大賞優秀演出家賞、鶴屋南北戯曲賞をトリプル受賞。

また初めて手がけたTV脚本「めんたいぴりり」は第30回ATP賞、第51回ギャラクシー賞奨励賞、平成26年日本民間放送連盟賞・テレビドラマ番組部門優秀賞・第41回博多町人文化勲章を受章し、福岡県のみの放送だったにも関わらず、後に全国で放送された。

製作意図

2014年両国シアターXで盟友、清水伸さんの案内で「エル・スール〜わが心の博多、そして西鉄ライオンズ」を観劇した。先の大戦からの戦後10年。昭和30年代の九州博多を舞台にした物語だ。

上演後、図らずも慟哭している自分に驚いた。これ程までに身体が震えた観劇は記憶になかったからだ。

幼い頃、北九州出身の母から何度となく聞かされていた、西鉄ライオンズの日本シリーズ三連覇。野球の魔術師、三原脩監督が東京の巨人軍を返り討ちにした奇跡に博多だけでなく、福岡、九州が沸いた1958年。

神様仏様稲尾様、豊田、中西、大下等の野武士軍団は敗戦国日本の戦後復興の軌跡として語り継がれる要因の一つだ。貧しい少年達にとって平和台球場に向かう坂道は、まさしく夢と希望の道程であった。

そしてもう一つ、映画が敗戦に打ちひしがれた人々のエネルギーとなっていた時代。映画とは本来、弱者の糧になるものでなくてはならない。今創られている映画にその力があるのか?糧となっているのか?と自問自答してしまう。

「エル・スール」という作品から、自分が生きて来た日本の社会が失っていったエネルギーを思い知らされる。いや、自分自身がエネルギーを失っていることに気づかされた。父や母の青春時代を想う、有難い舞台を見せてもらった。これを何とか映画として多くの人に見てもらえないかと強い衝動に駆られた。

その衝動から10年が過ぎてしまった。
自分自身の雑事で精一杯の10年に自戒の念しかない。コロナウイルスによって、映画館で映画が上映されないという想像も出来なかった日々を体験した。生活様式の変化に拍車がかかり、日本中の街が開発という名の破壊を続け始めている。
「エル・スール」初演は2009年。その時の企画書の文面を記したい。

企画書(2009年初演時のものより抜粋)

戦後10年、昭和30年前後の日本は貧しいながらもエネルギーに満ち溢れていた。地方都市博多には、田舎チームでありながら野武士軍団西鉄ライオンズが存在した。天真爛漫かつ豪快なプレースタイルに多くの人が熱狂した。

この物語に登場する末広長屋の住人達、大浜の遊廓街で働く女性、差別を受けながら無垢なる魂で向き合う朝鮮の少女、映画監督に憧れるチンピラ紛いのお兄さんなどなど、この時代の熱狂のなかでお互いの体温を強く感じながら逞しく生きていた。

今尚、混迷が続く世界、そして日本。こんな時代だからこそ過去の歴史に学ばなければ未来はないと思っている。この社会が利便性を追求すればするほど、人間が本来持っている豊かさ、温かさ、真心を喪失していることは自明の理である。

この物語に登場する人物の語る言葉こそ、この混迷した時代に風穴を開けるヒントが隠されている事は間違いない」

上記の文面を我々も引き継ぎ、製作意図として邁進していきたい。

時代は更なる混迷期に入り、戦後最大の政治不信、ヨーロッパ、中東での戦争悪化の中、この作品を創り上げる価値は高まっていると信じている。

2024年は西鉄ライオンズ初優勝から70年。3年以内に映画上映を目指したい。
1958年の三連覇からの70年目をこの映画を観ながら記念するという野望を叶えたい。
博多、福岡、九州での撮影を目指し、福岡、九州出身の俳優達を中心に、人と人とが罵声を浴びせながらも体温無垢出しの真情溢れる生き様をスクリーンに刻みたい。

郷愁、ノスタルジーだけではなく、混迷の時代に何が欠け、何を必要なのかを考えるヒント。
正に「エル・スール!(南へ!)」という精神で、我々が忘れてはならない、先人達からの生き方をこの映画で提示できたら幸いだと考えている。

当時を生きた世代とその家族全員で観ていただき、楽しみ、歴史の光と影を学び、未来への再生の為のヒントが散りばめられた映画になることは間違い無いと期待している。